ぼっち女子の徒然日記

50代おひとりさま。日常のこと、母のこと、徒然なるままに…

母の思い出

母が2か月ほど前に旅立ちました。

4月中旬に誤嚥性肺炎を起こして、夜中に救急搬送されてから約1月半、病棟の方が気付いた時には既に心肺停止で、誰からも見守られることなく独りで逝ってしまいました。

そのせいか、いまだに実感がありません。声を上げて泣くこともしていません。私たち母娘は仲が良いというよりも、共依存的な関係にあったため、母がいなくなったら私は生きていけるんだろうか…と、正直不安に思っていました。が、しかし、幸か不幸か、認知症により少しずつコミュニケーシが難しくなっていき、最終的には私のこともわかったりわからなくなったりしていたことで、ゆっくりと心の準備ができていたのかもしれません。英語では認知症のことを『A Long Goodbye(長いお別れ)』と表現するらしいですね。

でも、ふとした瞬間に、母を思い出しては涙します。

小学2年生の夏休みに、母方の従兄弟たちで離島にある母の実家に集まりました。たしか、1週間ほど滞在していたのかな?途中で私たち兄妹を残して、母だけが先に家に帰りました。当時の私は、母と数日離れるという経験をしたことがなく、母が帰る前日にみんなで海水浴に行っていた時に、しばしの別れが悲しくて、母の膝の上で思わず涙がこぼれてきてしまいました。それに気付いた母は、何をいうでもなく私の目元を掌で覆って、みんなに見えないようにしてくれました。あの時の母の手の感触を、今でもなんとなく覚えています。でも、母が帰ってしまった日、みんなが寝静まる中、寂しくてたまらなかった私は、思わず声を上げて泣いてしまったのです。それを目撃した祖父がみんなの前でバラしてしまい、母の配慮は水の泡となってしまいました笑。

今日、マッサージを受けながら思い出したエピソードです。マッサージ中はうつ伏せになっているので、私の涙は母の手を借りずとも、誰にも気付かれずに済みましたよ。

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母の入院

1週間ちょっと前に、施設で生活する母が、誤嚥で肺炎と心不全を起こして入院しました。症状としてはそんなに重篤ではなかったので、その点はあまり心配していなかったのですが、一日中ベッドで過ごすことで身体レベルが落ちてしまうことには不安がありました。

面会は週に1回、10分間と決められていて、入院日に面会し、約1週間後に2度目の面会に行きました。母の病室(相部屋)に入ると、1人のお年寄りがベッドにいて、虚ろな表情をしています。あまりの変わりように思わずナースの方に、「あれはうちの母ですか?」と尋ねてしまいました。ナースの方からすると、入院時点から変わってないし、回復はしてきているとのことなのです。

私のことは何とか認識はできているものの、発語は少なくか細く、内容が摩訶不思議であるのは以前からですが、文字には残したくないような悲しいことを言います。

「早く元気になってね。また来るね。」と伝えて、病室をあとにしました。

母にはもちろんまだまだ生きていてほしいし、母子密着の強い私は、母を失った後はどうなってしまうのだろう…と自分でも不安ですが、今の母は、果たしてどう感じでいるのだろうか…と、病室で撮った母の写真を見ては、涙が止まりません😢

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子犬の思い出

実家では生まれた時から犬のいる生活で、私は犬が大好きです。

最近インスタグラムを見ていると、お風呂に入ったミニチュアダックスフンドが、ポコポコポコとかわいいオナラをしてしまう動画が流れてきて、あまりの愛くるしさに食い入るように見ていると、次々と犬の動画が流れてきます。

ふいに、母とのささやかなエピソードを思い出しました。それはまだ、母が実家で生活していた5年程前のこと、すでに認知症を発症していたものの、まだ初期?の段階でした。

一緒に外出した際に、たまたまショッピングセンターのペットコーナーで、ホントにホントにかわいいマルチーズと出逢いました。私が勝手に運命を感じてしまい、「あ〜、飼いたい!でも無理やもんね…💧」と連呼しました。私の住むマンションは犬猫禁止なので飼えるはずもなく、ただ願望を口にしただけでした。それを聞いた母が、「(お金は)出してあげるから飼いなさい😌」と私に言いました。「いやいや、マンションでは飼えんとさ。でも、かわいかった〜🐶欲しか〜」「出してあげるから」

何ラリーしたことか…理解力にも陰りを見せ、すぐに忘れてしまう母との、まさに不毛な会話の応酬でした。

 

施設にいる母はとうに会話はほぼ成立しなくなっていたものの、話している内容はなんとなく理解できていたのが、近頃ではもう何を訴えたいのか、あまりわからなくなってきました。母自身も「言葉がわからなくなってきた…」と言います。私は悲しくなって、思わず涙を流します。

あの不毛なやり取りが恋しいです。

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豆乳?飲んでますけど…

浅倉南、39歳。なんか、イライラする!」

これは、既に封印された、いとうあさこさんのネタです。

 

私、今年で53歳、最近イライラというか、明らかに気が短くなって困ってます。

人が長々と話してるのが待てなくなってます。頭ではいけないこと、一番失礼なことだとわかっているのですが、ダラダラと喋られたり、言い訳がましく話されると、待ちきれずに遮ったり、話をかぶせてしまいます。

もともとおっとりタイプではないのですが、以前はこんなには感じていませんでした。

 

これを更年期というのか?更年期のせいにしていいのか?

悩んだ私はGoogle先生に聞いてみました。

更年期には12も症状があるらしいのですが、半分近くは私にとって、若い頃からある症状なので、判別が難しいです。

 

中でも、今の私に顕著なもの「イライラ感」と「不安感」については、女性ホルモン・エストロゲンの減少によるものだそうです。

その対処法については、①深呼吸②適度な運動やストレッチ③大豆イソフラボンを毎日摂取④趣味など没頭できるものを見つける…などなど。

 

ふ〜ん、大概やってる。何なら私、一番ハードル高そうな大豆イソフラボンに至っては、自分で大豆から豆乳作って毎日飲んでるし💧

 

となると、これは更年期のせいではなくて、ただの老害なのでしょうか…?


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映画の話をちょっと

昨日配信で、前から気になってた韓国映画を観ました。私の好きなイ・ジェフンという俳優♂️さんが主演の1人を務めています。

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建築学概論 : 作品情報・キャスト・あらすじ・動画 - 映画.com

ざーっと書くと、ある日突然、大学時代の女友達が彼の元を訪ねてきて、建築士となった彼に家の設計を依頼します。あまりの唐突さに混乱する彼ですが、実は15年前の初恋の相手だったのです。過去と現在を行き来しながら物語は進み、実は彼女にとっても彼が初恋の相手で、互いに15年間、その想いを大切に抱えて生きてきたことがわかり、気持ちが通じ合うのですが…というお話です。

 

私は、青春の甘酸っぱさが漂う、靴の上から痒い足を搔くような感じの韓国映画が好きです。涙脆い私は、昨日も泣いてしまいました。

 

失恋の痛みを感じた時に、『心って、ここにあるんだな…』と思ったことを、久しぶりに思い出しました。

時代に取り残されし民…

最近、定時退庁の圧が強いです。残るのであれば時間外勤務の申請を出せと。まっとうな話ではありますが、予算がどんどん削られる中、私の担当事業には、時間外勤務手当は年間20時間程度分の予算しかありません。月平均で2時間ほど…

残るなら時間外命令受けろ→手当はない→残れない→じゃあどうするの?→業務内容を見直せ

どこにも“間違い”は書かれていません、間違いはね…

 

私は人様より仕事が遅いです。雑にしてはいない自負はありますが、それ以上に、やっぱり遅いです。でも、「できない」とは言えないし、言いたくもない。加えて、周りのことが目に付きがちで、放っても置けない性格のため、自分の仕事が後回しになったりもします。苦肉の策として、今まで明らかな理由がある時の時間外勤務申請以外は、居残りやこっそり休日出勤で何とか賄ってきました。

 

4月から上司が代わり、定時退庁の圧が数倍になりました。そして、もっと恐ろしいことに、今後時間外勤務をする場合、命令を受けていないとパソコンの画面に警告⚠️が出て、先々ではパソコンが強制的にシャットダウンされるらしいと💧

私の働き方は褒められるものではないのは、よくわかっています。でも、ちゃんと仕事はしたい!しかし、それも許されない。わがまま・自己満足でしかないのでしょうね😥

 

自分の仕事もまともに時間内に収められないくせに、周りの世話を焼いているような人間には、今の職場には居場所はないのだと、痛感させられました。

 

20年ほど前、職場に1人1台のパソコンが導入され、それに付いて行けなくなった先輩方が退職されたという話を聞いたことがあります。今、その気持ちがとてもよくわかります。

 

去年から職場の袖机の上に置いたままの退職届、筆入れの時を迎えたのかもしれません。少し悔しいけど😢


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安住の地へ

4月に入り、新年度・新生活が始まりましたね。

施設に入るの母にも、新年度・新生活が訪れました。

 

母が初めて施設生活を始めたのが、3年前の4月。正式な施設入所までのつなぎということで、実家から1時間半程の、私の住む市にある老健施設に入所しました。しばらくの予定が、待機の施設がなかなか空かなかったりの諸事情により、気付けば結構な期間をお世話になりました。

 

「〇〇から入所できると連絡がありました」との話があって、バタバタと10日後の4月1日には、今のグループホームに移りました。グループホームは定員が9名で、家庭的な介護をしてもらえる施設です。幸か不幸か、自分が実家以外のどこにいるのかよく分からなくなっている母は、おそらく場所が変わっていることは分かるものの、大きな動揺もなく過ごしてくれているようです。今日も施設に行ってきましたが、前の施設の時よりも、表情も動きも良くなっている印象でした。職員の方々も皆さん明るく柔らかい雰囲気で、私も面倒見てもらっているようで、少し心が楽になりました。

 

これからもいろんなことがあるかも知れませんが、いい施設に入る機会に恵まれて、ありがたい気持ちでいっぱいです。

 

母の新たな第一歩の記念に、ここにご報告させていただきました。

 

明日はお花見が予定されているとこのと。雨予報だけど、晴れたらいいな🌸


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昭和という病

推しグループのライブが年度初めの4月頭にある…どうしよう…日曜日と月曜日…平日か…休めるかな?周りも忙しいよな💧異動になってたら無理かな??

いいや、何とかなる!申し込むぞ!!

 

悩みに悩んで申し込み、当選したのは月曜日。最低半日は休まなくちゃ💧

 

この年齢になりベテランになって、ようやく得ることのできた、この『休む勇気』責任感も大事だけど、ゆとりも大事😌

そんな私のお耳に届いた知らせは…

 

「隣の若手、年度末にライブ行きで仕事休むってよ」

 

 

はいっ?

 

約30年働いて、やっと私が辿り着くことのできた境地に、彼女はいとも容易くスキップで到着、そして悪気なく私の勇気の芽の上でステップを踏んで行った。

 

彼女は1か月の病休あり、日常的なお休みも多めで、その都度長文で仕事のオーダーがラインで私に届き、フォローしきた…30歳ほどお姉さんだけど。

 

大正生まれの祖母と同居し、戦時中生まれの両親に育てられた、昭和生まれの私。令和には遠慮や気遣いはいらなくなったのか?

 

“私をお椀に浮かべてみれば

     しっかり昭和の出汁がでる”


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『故障者リスト入り』ということで

一昨日、人事異動の内示があった。私の名前は名簿に無し。「ホッ🍵」

今の職場に異動してきて3年になり、異動があるかどうか微妙なところで、毎年、早期退職を考えている身としては、ひと安心。のはずが…

 

私が初めて『長』のつく役職になったのが11年前。決して遅い方ではなかった。『長』はつくが管理職ではない中途半端な立場のまま、気付けば年月が経っていた。自分なりに周囲のことも考えながら仕事をしてきて、一時期は昇進したいと考えたこともあったが、4年前に大病をして、仕事に人生を捧げるのはやめた。50を過ぎてからは特に色々な衰えを感じ、無理も利かなくなってきた。今より上に行けば大変になることは明白だ。しかも、要領も悪いので、苦しむことはわかっている。だから、『これでいい』はずなのだ。なのに…

 

私は極端に自己肯定感が低くて、他者からの評価がとっても重要。今までそうやって生きてきた。しかも、独身で子どももいない私にとって、生きてきた証というか手応えというか、そういったものが実感し辛く、それを仕事に求めてきたように思う。

 

病気をして、身を削ってまで働くのはやめることにしたが、それでも一応は周囲をフォローしつつ、自分の役割を果たしながら働いてるつもりで、それに対する評価を求める気持ちと、同時に現状維持を望む気持ち、そのジレンマにモヤモヤしてしまう自分がいる。

 

こんなこと大声で言うと「それが正当な評価だよ」と言われるのかもしれない。でも、こんな自分の気持ちにケリをつけたくて辿り着いた結論…

故障者リスト入り』

他にも似たような境遇の同僚がいる。手術した箇所以外にも経過観察の箇所もある私。そういうことにしておこう。ここだけの話ということで…あ〜、情けない💧


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嘘も方言…?

ではなく、嘘も方便(失礼しました💦)

これは仏教のことわざだそうで。

大きな善行の前では偽りも認められるという意味だ。

 

先日、知り合いの方が施設に入所している母にと、この時期ならではのお菓子の詰め合わせを送ってくださった。それはとても甘いお菓子で、差し入れ可能ではあるものの、血糖値の高い母にはせいぜい一口分くらいしか食べさせてあげられない。しかも、消費期限の関係で施設に持っていける週末は1回だけ。しかもその1回のチャンスを逃してしまった…

 

私は今日、お礼のお手紙を書いた。

「血糖値が高いので、一つだけ差し入れしました。季節感のあるお菓子を母はとても喜んでいました。くれぐれもよろしく伝えてほしいとのことでした。」と。

差し入れできていないのはもちろんのこと、今の母には季節感は正直伝わらないし、送ってくださった方のことを覚えているのかも微妙なところだ。

 

子供の頃、『嘘をつくのは悪いこと』と教えながら、時に事実ではないことを言いながら『嘘も方便』と軽やかに放つ大人の矛盾を飲み込めなかった。

今日の私は、それを盾にすらすらと、呼吸をするように嘘に事実を織り交ぜながら手紙を書いた。

今日ほど、このことわざが頼もしく思えたことはなかったかもしれない。

 

お釈迦様、これは許される嘘ですよね?

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